part of my new work / serious
inspired from White tiger , still not have good title for these
fashionを撮りたいはずだったのに自分の制作でfashionの世界に対して批判しているっていう事実に気がついてしまって良く解らないことになってる。
この矛盾はどう切り離せば良いんだろう?
切り離し始めると何で自分はこう考えるのかっていう自己分析に入りだすからそれも怖い
普通の頭になりたい
私が気が狂ってるんじゃなくて
私の親が気が狂ってる
普通の生活がしたい
My body is in Tokyo but i lost my heart in London sadly
絵はパワー 写真は私を語っていて 色は気持ちを表してくれる
音楽は気持ちを高めてくれる
知らず知らず隙間と余裕のない私のなかに 聴覚を通して侵入してくる
だから音を演奏する人に知らず知らず惹かれる
私の制作は音と絵と色と時間
わたしの考えの媒体は人
そこにファッションとメイクが入る
っていうことにやっと気がついた。今日。
沢山の言葉が音になってわたしを取り巻いて何が何なのか分からなくなる
わたしは自分の部屋を中の世界と呼ぶから、外の世界に出る時は必ずヘッドフォンをする
そうしないとバランスを保つのが難しいから それは家という空間にいても同じなのだけれど
1つ挙げておくと 家というのはわたしの意識の中では家という存在で
私の部屋はまた別だと感じている
空間が一つ、飛び抜けておかしいこの部屋が、わたしが居る場所で 居ていい場所で
きっとこういう感覚ってちょっと変わっているのかもしれないけれど
家は割と外の世界に入る
ああ収集つかなくなってきた